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前回は『野ざらし』という落語をご紹介しましたが、今回のお話を綴っててもう一つ思い出したのが『首提灯』というお噺で。こちらもまた、ある意味 怪談ぽいといいますか、先のお話よりもずっと怖いかも。舞台は東京は増上寺周辺というから、今の芝公園がある辺り。博打で勝っての気分よく、ほろ酔いになった男が家へ帰る途中で、不意な声に呼び止められる。最近は物騒で、辻斬りや追いはぎが多いというのを思い出してた矢先のことであり、しかも やせ我慢して“来るなら来い”だなんて口走ってたもんだから、間がよすぎて驚いたものの。相手はお武家で、道を訊いて来ただけ。なぁんだと気が抜けたその反動で、人へものを訊く態度じゃあないとか、この田舎者がなんて毒づいたあげく、相手の着物へツバまでかけた。そうまでされてはとさすがに怒ったお武家様、えいやっと太刀を振るうと、これがまたいい腕をしてなさり。斬られた男は斬られたことに気がつかない。さっと背中を向けて立ち去る侍へ“何だい、虚仮威しかい”なんて暢気な言いようをしていたが、その首が少しずつズレてって。何とも具合がおかしいなと思っていたらば、首が落ちたので、それで“なんだ斬られたんだ”とようやく気がつく始末。そのまま火事見物に足を運び、大事な首が潰されぬようにと抱えたり、ほいごめん、ほいごめんと首を手で提げて駆けてゆくという場面が何ともシュールな作品だ。……やっぱり怪談ですよね、これってサ。
◇ ◇ ◇
ただごろんと転がってるだけでも女子供は泣き出すだろう、おっかない存在。作り物でない以上は間違いなく誰かの遺体であり、誰しも恐れるだろう“死”を象徴するのに、これ以上 判りやすいものはないという代物だっていうのに、
《 これが尋常な状況じゃあないってのは、私にも判ります。》
恐らくは…深く深く安らかに眠っていたのを唐突に叩き起こされたからだろう。自分についてをなかなか思い出せないという骸骨さんは、それでも“常識”や“良識”は持ち合わせておいでだったようで、
《 意識が戻ったと言いますか、そちらのお医者様? の仰有りようで元の身体へと寄り憑いてからのこっち、とりあえず身動きが取れないので何とかしたいと、無謀なことながらも通る人に声をかけ続けて来たのですけれど。》
途方に暮れてただけで済まさなんだのは、ある意味、前向きではあろうけど。
「……無謀なことだってのは判ってたんだな。」
今の姿でそんなことをやれば どうなるか。
《 誰も彼も気づいてはくれないまま、
おっかなびっくりで駆け去ってしまわれる始末で。》
かかか…というか、かたかたかた…と顎の骨同士を打ちつけて、笑ったらしい骸骨さんへは、
“…そりゃあそうだろう。”
誰ともなしにそういう感慨が胸中へと浮かぶ。普通はそうだってのに、自分たちが彼を取り囲んでのこんな状況になっているのは、ひとえにルフィ親分が豪気な性分をしていたからだ。そのご当人はといえば、
「♪♪♪」
新しい玩具でも手に入れたかのような…というのは言い過ぎかも知れないが、面白い話相手が出来たぞと、そんな愉しげな喜色を満面にまぶしたようなお顔でおいで。もふもふとした手触りの、膨らんで嵩のある髪を握ってみては、くふくふと微笑っているところなぞ。愛らしい仔犬でも拾った子供みたいだが、
“愛らしい……。”
そこ、気持ちは判るがいちいち復唱しない。(笑) 月夜の晩の原っぱの一角、男ばかりが4人も寄って、まさかに謀反の相談じゃあなかろうかと、誰ぞが通りかかったなら怪訝に思われたかもしれないが。幸い…と言っていいのかどうか、人通りのないところなのでそういう恐れもないままに、何とも珍妙な事情聴取は続いており、
「ともあれ、あんたが元いた処へ戻してやるのが一番の良策だと思うんだが?」
ご当人さえ“何が何だか”と言っているほどなのだからして、深い怨嗟があっての、どうしてもそれを晴らしたいというような存在でもなし。ちゃんと弔ってあげればそれで、成仏なり昇天なり出来るのかもしれない。
「何しろ、この先は神社だ。」
墓があるのは普通はお寺だが、故人の霊を静めることへの縁はあろうから、やはりそういう縁から運ばれていた途中でこんなところに置き去られた身なのかもしれないと。さっきはその辺を言い出そうとしていたサンジだったのだが、
《 そうですね。それが順当なのでしょう。
私を持ち出した人の想いが少しだけ、何とはなくの感触として残ってますし。》
そんなお言いようを紡ぎ始めた骸骨さんだったものだから、
「……持ち出した?」
《 はい。………あれ?》
ちょうど彼からは向背の頭上になる位置からの、ルフィが発したキョトンとした声や。おいおいちょっと待てやというお顔になったサンジやら。その身の脇から顔を覗かせていたチョッパーや、数歩分ほどまだ距離を置いてるウソップまでもが、何ですてとその表情を震わせたのは言うまでもなく。
「何でこんな処にいるのか、さっぱり判らねぇと言ってなかったか?」
《 ええ、そうです。こんなあっけらかんとした屋外に放り出されて、何が起きたのやら てんで判らずにいたのですが…。》
そうだって言っていたはずが、なのにじゃあどうして、
「誰ぞかが何処かからお前を持ち出したらしいってことは覚えているってのか?」
さてはやはり、俺らを誑そうとしていたその尻尾がついつい覗いたか。自分たちがまんまと引っ掛かりそうだと見越して、うっかりボロを出したんじゃあなかろうかと思ってのこと。足元の草むらを蹴ちらかし、ずざざっと勢いよく後ずさりしたウソップや。そこまではしないまでも、目元を眇め、やや警戒色の濃い表情になってしまったサンジだったのにも、気づいていないか構わずに、
《 …ああ、こうやってお話をしていると、色々と形を取って来るものがあります。》
そうと言った彼の左目が、いやさ、左目があったらしい虚窩(うろ)が、ほわりと緑色に光を灯す。これには、凄みかけていたサンジもさすがにちょっとばかしのけぞってしまい、あまりの勢いだったので背後にいたチョッパーを背中と石座の狭間で押し潰しかけたほど。ひゃあという先生の悲鳴で我に返ったサンジと、そんな彼とは向かい合ってたルフィはと言えば、
「うは、何だ? 今の♪」
その♪は何だ、♪マークはよ、と。そっちへも突っ込みを入れんといかんのが、何とも忙しい金髪の板前さん。そんなやり取りを頭上で交わされている、当の本人はといえば。まま、首だけの身なのだから、何が出来るという訳でもないのは仕方がないとして。
《 そんなに悪い人じゃあなかったようですが、
ただ、妙に一途な想いから私を手にし、持ち出してしまったらしい。》
淡々と紡いだ声にかぶさったのが、眼窩の光を震わす別の声。さほどか細くもない、むしろ骸骨にはあるまじきほど闊達な声だったのとは全く調子が違った、こっちこそ髑髏向きの掠れた声での、
《 …あんたには何の恨みもないんだが。》
そんな呟きが聞こえて来た。おわわっとびっくりして飛びすさったウソップは放っておくとして。こちらさんも今にも悲鳴を上げそうなチョッパー先生のお口を、器用にも後ろに延ばした手で捕まえて、きゅうと塞いだサンジだったのは。こうまで掠れた声、聞き取れなかったら困ると判断したから。この際だからとことん付き合ってやろうじゃないかと腹をくくったか、そうまでして待っておれば、か細いお声はすぐにも続いた。
《 ごめんよ、ごめんよ。
あんたには何の恨みもないんだが、
あんたを使ってとんでもないことを企ててる奴らがいる。
若様の御ため、起こしてしまうが許しておくれ。》
《 お家なんてどうでもいいが、若様のお命が危ないんだ。
あんなよく出来た若様を、勝手な連中に好きにされちゃあ…。》
そんな言いようを最後に、声も途切れ、眼窩へと宿っていた不思議な光も消えたが。
「……。」×@
聞いた面々の、文言への記憶はそのまんま。それをそうだと確かめ合うように、顔を見合わせあって、
「若様って? そう言ってたよな、今の声。」
「若旦那じゃないってことは、お武家様だな。」
生者である自分らへと馴染みのある語句が出て来たことから、やっとのこと落ち着きが出て来たものか、俄然と勢いづいたルフィとサンジであり、
「今の声はこいつのじゃあなかったよな?」
そうと訊かれてチョッパーもうんうんと何度も頷く。
「声の高さや波長が全然違うし、何かを震わせて出してた音じゃない。俺たちの気持ちに染み込んで来たような伝わり方をした声だった。」
すなわち、お化けのそれだと。日頃の、いやさ、さっきまでの彼だったなら“ひょえぇ〜〜っ”と竦み上がってもいたことだろうが。助けてやりたいという気持ちが勝(まさ)ったか、こちらさんも希望に支えられたしっかりした表情になり、いい発見をしたと言わんばかりのお顔をして見せるばかり。とはいえ、
「さっきから気になってたんだけどよ。」
不意に親分が、髑髏をぐるんと引っ繰り返したのへは、その大胆さへひゃあと震え上がって、サンジの背中へへばりついてしまったセンセーなところが……何げに可愛いvv(こらこら) それはともかく、
《 わー、なになさいますーっ。》
「いや。内っ側に何か書いてあったから。」
やはり綺麗に骨だけの内側は、へこんでいるので見えにくいが、
「どら。」
足元へと置いていた提灯の灯をサンジが近づけると、成程くぼんだ内部に何かしらの印が描いてあるのが微かに見て取れて、
「家紋…かなぁ。だが、俺も仕出し弁当を頼まれるんで結構知ってる方だが。」
覚えのない模様だなと小首を傾げたサンジの肩から、どれどれ見してと背伸びするチョッパー先生もおずおず覗いたが、
「地図の記号とかにもこんなのはないぞ?」
学問上の心当たりもないとのお返事。ただ、
「………。」
「ウソップ?」
「あ? あああ、ああいや、何でも〜〜」
「無くは無さそうだな、その反応はよ。」
みんなが額を寄せ合ったのでと付き合いよく寄って来たそのまま、ぽかんとしていた下っ引きくんのそんな言いようへ…板前さんがぎろりと迫力の籠もった視線を投げかけて。そのままぐわしと、案外と指の長い片手だけで掴んだ髑髏、ほれほれと鼻先へ突きつけてやったところが、
「わ、判ったって。言うから堪忍してくれっ!」
あわわと後ずさり仕掛かり、そのまま足をもつれさせ、どさんと尻餅をついてしまった彼が言うことにゃ、
「あのその、今世間を騒がしてる押し込みがよ、
それへと目ぇつけて持ち出してるってぇ目的のお宝、
古い太刀や小太刀の鞘や袋に書いたり織り込まれてたりするのが、
それと同んなじ奇妙な模様だって話なのを思い出してよ。」
そうと言って指さした先、髑髏の内に描かれていたのは。腿のそれだろ、太い骨を二本重ねて交差させたその上へ、こんな場所に描かれていたからそうだと判る、髑髏の無表情なお顔の影絵だったのだった。
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*ドクロを描いて“危険な毒薬ですよ”とするのって、
蘭学のお薬の中へのマークにもありそうですが、
こっちはリアルな描きようだったので、
センセーも気づかなかったらしいです。
(……と、ここで言い訳をしてみたり。)
*このままゾロがでてこない話になるんかと危ぶんでましたが、(おいおい)
此処でやっとのことお話が繋がりそうです。

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